大判例

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横浜地方裁判所 平成5年(ヨ)760号 決定 1994年4月14日

債権者

佐藤哲美

右訴訟代理人弁護士

伊藤幹郎

小島周一

横山國男

岡田尚

星山輝男

飯田伸一

三木恵美子

芳野直子

杉本朗

山崎健一

債務者

武松商事株式会社

右代表者代表取締役

武松喜代治

右訴訟代理人弁護士

稲村建一

笠井浩二

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成五年五月一日以降当裁判所平成五年(ワ)第一九五七号請求異議事件の第一審判決言渡しの日まで一か月三一万〇九七四円の割合による金員を毎翌月一〇日限り仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成四年一二月二八日から本案判決の確定に至るまで毎月一〇日限り三一万〇九七四円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

本件は、一般廃棄物及び産業廃棄物の収集、運搬等を業とする債務者にダンプカーの運転手として雇われていた債権者が、さきに解雇され、最高裁判所の判決によりその解雇の無効が確定した後に、再度解雇されたため、その解雇事由の不存在を主張して、労働契約上の権利を有することを仮に定める仮処分と解雇日以降の賃金の仮払仮処分を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実(本件仮処分申請に至る経緯)

1  債権者は、昭和六二年一〇月九日、債務者から解雇されたので、解雇は無効であると主張して横浜地方裁判所から賃金仮払の仮処分決定を得るとともに、その本案訴訟を同裁判所に提起し(同裁判所平成元年(ワ)第三一四七号)、平成三年五月三〇日、同裁判所から「原告と被告との間に労働契約関係が存在することを確認する。被告は、原告に対し、一二九八万〇六五六円を支払え。被告は、原告に対し、平成三年四月一日から毎月三一万〇九七四円あてを毎翌月一〇日限り支払え。」との全部勝訴の判決を得た。

右判決は、同年一二月一八日控訴が棄却され、平成四年一〇月三〇日上告が棄却されて確定した。

2  債務者は、最高裁判所の判決直後の平成四年一二月二八日、債権者に対して再度解雇の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、平成五年六月八日、横浜地方裁判所に対し、右解雇を理由に前記確定判決に対する請求異議の訴えを提起するとともに、強制執行停止の申立てをした。

同裁判所は、同年七月八日、右申立てに基づき、強制執行停止決定をした。

3  債権者は、債務者から平成五年五月一〇日支払期日分までの賃金を任意に又は強制執行により受領した。

二  争点

本件の争点は、本件解雇についての解雇事由の存否であり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(債務者の主張)

1 債権者は、横浜市の公有財産である砂利を無断で大黒埠頭の保管場所から自宅の駐車場敷地まで持ち運んだ。

2 その際、債務者に無断で債務者のダンプカーを使用した。

3 債権者は、仮処分決定に基づいて仮払を受けた昭和六二年から平成元年までの分の賃金について、所得税法による確定申告をせず、脱税をしている。

4 債務者は、最高裁判所の判決に従い、債権者を従業員として取り扱ってきた。ところが、債権者は、債務者の受注する公共事業と本件の労使紛争とは関係がないにもかかわらず、平成四年一二月二五日、武松争議支援共闘会議なる威嚇示威集団と結託して、債務者の本社付近において、「横浜市は最高裁判所判決にも従わない企業へ公共事業を発注すべきではありません。」と記載したビラを配布したり、そのころ、武松争議支援共闘会議の者とともに横浜市に対し、「最高裁判決に従わない企業は入札指名業者からはずすべきである。」との趣旨の要請をしたりした。

5 債権者の右行為は、諭旨退職と解雇の事由を定めた債務者の就業規則四〇条六号(会社の指示、命令に従わず業務運営を妨げ、若しくは会社の経営に非協力的な活動のあったとき)、七号(会社の経営に関し、真相を歪曲して会社に有害な宣伝、流布等を行ったとき)及び一三号(不正、不義の行為により従業員としての体面を汚したとき)に該当するものである(<証拠略>)。

(債権者の主張)

1 債務者の主張1、2の事実は否認する。この点については、既に前訴において争点になり、前記確定判決によりこれが解雇事由に当たらないと判断されているものである。

2 債務者の主張3の事実は否認する。債務者は、仮処分決定に基づいて賃金を仮払する際に源泉徴収をしなかったが、その後になって勝手に源泉徴収分を税務署に納付し、債権者に対し、その分の返還訴訟を提起しているものである。したがって、債権者の所得税は源泉徴収義務者である債務者によって既に納付されており、債権者がこれを脱税しているものではない。

3 債務者の主張4の事実中、武松争議支援共闘会議が「横浜市は最高裁判所判決にも従わない企業へ公共事業を発注すべきではありません。」と記載したビラを配布し、債権者が武松争議支援共闘会議の者とともに横浜市に対し、「最高裁判決に従わない企業は入札指名業者からはずすべきである。」との趣旨の要請をしたことは認め、その余は否認する。債権者が前記のビラを配布したことはない。また、横浜市に対して右要請は、債務者が前記最高裁判所の判決があった後も、判決で支払を命じられた賃金を支払うだけで、債権者の職場復帰を認めず、復職についての話合いも拒否したため、同市に対して行政指導を求めたものである。

第三争点に対する判断

一  疎明資料によれば、次の事実が認められる。

1  債権者の加盟する総評全国一般労働組合神奈川地方本部は、債務者を相手取り、神奈川地方労働委員会に対し、昭和六二年一〇月九日付けの債権者の解雇について不当労働行為の救済を申し立て、同地方労働委員会は、平成二年一月一八日、その申立てを理由あるものと認め、債務者に対し、別紙の主文による救済命令を発した(<証拠略>)。

右救済命令に対しては債務者から中央労働委員会に再審査の申立てがなされたが、中央労働委員会は、本件解雇後の平成五年一二月一六日、債務者の再審査の申立てを棄却した(<証拠略>)。

2  債務者は、仮処分決定に基づく昭和六二年一〇月から平成元年一〇月分までの仮払賃金について、所得税法に定める源泉徴収をすることなく支払っていたが、税務署の指導により、同年一二月六日に源泉徴収分として一六〇万九四〇〇円を税務署に納付し、さらに、その後、同年一一月、一二月分についても源泉徴収分を納付したので、債権者がその分を不当に利得していると主張して、平成四年五月、債権者に対し、その源泉徴収分の支払を求める訴えを提起した。これに対して、債権者は、その納付額は、配偶者控除、扶養控除等の諸控除をしないで算定されたものであるから過納であると主張して、これを争っている(<証拠略>)。

3  債権者は、平成四年九月、右訴訟につき、債務者のいやがらせや名誉毀損を理由とする慰謝料と未払の超過勤務手当の支払を求める反訴を提起した。その反訴で債権者が債務者のいやがらせや名誉毀損であると主張する事実は、「(1)債務者は、債権者に妻子があるのを承知しながら配偶者控除や扶養控除をしないで源泉徴収額を算定して納付し、債権者がその過納分の還付手続をするのに必要であると言って源泉徴収票の交付を要求すると、源泉徴収票のコピーを送付し、コピーでは手続ができないと言って再度要求すると、赤色のボールペンで『再発行』「裁判で係争中』『所得税一六七一三〇〇円は会社が立替えて納付済。佐藤は平成三年二月二〇日現在返金せず。』との書き込みをし、しかも、年度の記載もなく、摘要欄に『自昭和六二年一〇月九日至平成一年一二月三一日』と記載しただけの源泉徴収票を送付した。税務署からこのような源泉徴収票では還付請求をすることはできないと言われたので、三たび源泉徴収票の交付を求めたが、債務者はこれに応じない。(2)債務者は、『いつまでも続く偏向裁判』(横浜地方裁判所の不当判決について)『裁判官をはじめとする労働事件における犯罪的不正の構図』と題する二色刷り三枚綴りのビラの中に『仮処分決定によって当社が不当に強奪された金銭については、横浜中税務署から所得税の支払をするように会社から佐藤哲美に通知するよう指示があり、その旨通知すると共に、弁護士伊藤幹郎にも要求しましたが、未だに所得税を支払いません。佐藤は弁護士の費用等にその金を支払ってもう金はないと泣き言を言っておりますが、弁護士伊藤幹郎は、佐藤から弁護士料を受領した代理人という立場からも、早急に所得税の支払をすべきでありますがその意思は全くありません。これは明らかに脱税です。』との虚偽の事実を記載し、これを不特定多数に配布した。」というものである(<証拠略>)。

4  ところで、債務者は、横浜市から業務を受注しているが、横浜市においては、業者に所定の非違行為等があった場合には指名を停止することができる旨を定めた「横浜市指名停止要綱」を設けており、その中で、労働委員会又は裁判所において不当労働行為があったと認定され、その効力が確定した場合には、一か月以上三月以下の指名停止を行う旨を定めている(<証拠略>)。

平成四年一二月当時、昭和六二年一〇月九日付けの解雇については、地方労働委員会において、不当労働行為であると認定されて救済命令が発せられていたが、債務者の再審査の申立てにより、その命令はまだ確定していなかった。しかし、それと同一の解雇について、債務者のした解雇は解雇権を濫用するものであり無効であるとして、確定判決で両者間の労働契約関係が存続していることが確認されていたにもかかわらず、債務者は、債権者に対して、判決で支払を命じられた金員を支払うだけで、雇用保険や健康保険の取扱いも拒否し、債権者に与える仕事はないと言って原職又は原職相当職への復帰を認めないなど、従業員としての処遇をしなかった(<証拠略>)。

こうしたことから、債権者を支援する武松争議支援共闘会議は、その支援活動の一環として、債務者主張のころ、『横浜市は最高裁判決にも従わない企業へ公共事業を発注すべきではありません。』『会社は最高裁の判決が出ても仕事が減っていることを理由に職場に戻そうとしていません。しかし、法治国で企業活動をしている以上、会社が最高裁の判決に従うのは当然のことです。しかも会社は横浜市の下水道局や環境事業局などの公共事業を相当量受注しています。』『税金で処理される公共事業をこのような企業に発注することは市民感情としても納得できるものではありません。』『従って、会社は一日も早く佐藤哲美さんを職場に戻すべきです。』などと記載したビラを債務者の本社付近で配布した。また、そのころ、武松争議支援共闘会議の構成員らとともに横浜市に対して右ビラに記載された内容と同様の趣旨の要請行動をした。

5  債務者は、平成四年一二月二八日、債権者に対し、本件解雇を通告したが、その際の解雇の理由は、(1)債権者は、横浜市の公有財産である砂利を無断で大黒埠頭の保管場所から自宅の駐車場敷地まで持ち運んだ、(2)その際、債務者に無断で債務者のダンプカーを使用した、(3)債権者は、債務者の磯子駐車場に駐車していた得意先の自動車のタイヤ四本を勝手に切り裂いた、(4)債権者は、ダンプカーを運転して勤務中、駐車中の乗用自動車に接触する事故を起こしながらそのまま逃走した、というものである(<証拠略>)。

6  債権者は、右解雇の理由は先の確定判決で解雇事由に当たらないとされた事実の蒸し返しにすぎないとして、その旨を債務者に通知して職場復帰を要求していたが(<証拠略>)、債務者がその後の賃金を支払わなかったので、平成五年五月二六日までに同月一〇日支払分(同年四月分)までの賃金について強制執行等により取り立てていたところ、債務者は、同年六月八日、第二の一の2のとおり、横浜地方裁判所に請求異議の訴えを提起して、強制執行停止の申立てをしたうえ、同年七月二日付けで、債権者に対し、第二の二の(債務者の主張)3、4の事実をも解雇の理由とするものである旨を通知し、前記のとおり、同月八日、同裁判所から強制執行停止の決定を得た。

二  債務者は、債権者が、横浜市の公有財産である砂利を無断で大黒埠頭の保管場所から自宅の駐車場敷地まで持ち運んだこと、その際、債務者に無断で債務者のダンプカーを使用したことが解雇理由に当たると主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、そのことを含む本件解雇時の解雇理由(第三の一の5)とされる事柄は、すべて前訴において債務者により解雇理由として主張されたが、前記確定判決によって解雇理由に当たらないと判断され、決着しているものと認められるから、債務者は、これを理由に債権者を解雇することはできない。

また、債務者は、債権者が仮処分決定に基づいて受領した金員について所得税法による確定申告をせず、脱税をしていることが解雇理由に当たると主張する。しかしながら、先に認定したとおり、右税金は、既に源泉徴収義務者である債務者によって納付されており、後は債権者と債務者との間でその負担をどうするかについて争いがあるにすぎないものと認められるから、債権者がこれを脱税したということはできない。したがって、債務者は、脱税を理由に債権者を解雇することはできない。

三  債務者は、裁判所の判決に従い債権者に対して賃金を支払っていたにもかかわらず、債権者が、武松争議支援共闘会議の者とともに、虚偽の事実を記載したビラを配布したり、横浜市に対し、虚偽の事実に基づく要請をしたりしたことが解雇理由に当たると主張する。

しかしながら、先に認定したとおり、債権者と武松争議支援共闘会議の者は、確定判決により、債権者が労働契約上の権利を有することが確認され、それより前に、神奈川地方労働委員会から別紙の救済命令が発せられていたにもかかわらず、債務者が、判決で支払を命じられた賃金を支払うだけで、債権者を原職又は原職相当職に復帰させず、社会保険や雇用保険の取扱いを拒否するなどして従業員として取り扱わなかったため、従業員としての取扱いを求める運動の一環として、債務者の行ったことをそのとおりビラに記載して配布し、そのとおりのことを告げて横浜市に要請したものである。

このように、右ビラの配布や要請は、債務者のしたことをそのとおり記載し、又は告げて債務者に対して確定判決に基づく正当な取扱いをするよう要求し、横浜市に対して「横浜市指名停止要綱」の趣旨に則った取扱いをするよう要請したものであって、会社の指示、命令に反してしたものではなく、不正、不義の行為ともいえないから、これが就業規則四〇条六号の「会社の指示、命令に従わず業務運営を妨げ、若しくは会社の経営に非協力的な活動のあったとき」、七号の「会社の経営に関し、真相を歪曲して会社に有害な宣伝、流布等を行ったとき」及び一三号の「不正、不義の行為により従業員としての体面を汚したとき」のいずれにも当たらないことは明らかである。

四  そうすると、本件解雇は、解雇事由なくなされたものであるから懲戒権を濫用するものとして無効というべきところ、(証拠略)によれば、債権者は、債務者からの賃金を唯一の生活の糧とする労働者であって、蓄えもなく、前記請求異議訴訟の確定を待っていては、回復しがたい損害を受けるおそれがあると認められるから、前記確定判決によって認められた賃金のうち平成五年五月一日以降の分について賃金仮払仮処分の必要があるというべきである。しかしながら、労働契約上の権利を有することを仮に定める仮処分は、いわゆる任意の履行に期待する仮処分であるところ、本件の場合は、賃金仮払仮処分のほかにそのような性質の仮処分をする必要があるとは認め難い。

五  よって、本件申請は、平成五年五月一日以降前記請求異議事件の第一審判決言渡しの日までの賃金仮払仮処分を求める限度で理由があるものと認め、事案の性質を考慮して保証を立てさせることなくこれを認容することとし、その余の申請を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小林亘)

<別紙>

一 被申立人は、次の措置を含め申立人組合員佐藤哲美に対する昭和六二年一〇月九日付けの解雇がなかったものと同様の状態に回復させなければならない。

1 原職又は原職相当職に復帰させること。

2 解雇の翌日から復帰までの間、債権者が受けるはずであった賃金相当額に年五分相当額を加算して支払うこと。

二 被申立人は、本命令交付後速やかに左記誓約書を、申立人に手交しなければならない。

誓約書

当社が昭和六二年一〇月九日付けで貴組合員を解雇したことは、神奈川地方労働委員会により労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であると認定されました。

当社は、再びこのような行為を繰り返さないことを誓約いたします。

年 月 日

総評全国一般労働組合神奈川地方本部

執行委員長 三瀬勝司殿

武松商事株式会社

代表取締役 武松喜代治

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